Andrea PIRLO

アンドレア・ピルロ

アンドレア・ピルロのフォト
 フルネームアンドレア・ピルロ
 国籍イタリア
 生年月日1979年5月19日
 出身地ブレッシャ
 ポジションMF
 身長・体重177cm・68kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2006年優勝
所属クラブ
1994-98ブレッシャ
1998-00インテル
1999-00レッジーナ
2000-01インテル
2000-01ブレッシャ
2001-ミラン

創造力に優れ、類い稀なパスセンスで素晴らしい存在感を示すイタリア代表MFアンドレア・ピルロ。その技術は現代サッカーにおいて少なくなったファンタジスタと呼ぶに相応しく元イタリア代表スタープレーヤージャンニ・リヴェラの再来とまで称されている。トップ下のポジションでも真価を発揮するが、その天才的才能からボランチの位置でゲームメーカーとして君臨し抜群の存在感を示す。また、PKのスペシャリストとしても名高い。

ピルロは生まれながらのインテリスタであり当時インテルにて活躍したマテウス、そしてロベルト・バッジョに憧れる幼少時代を過ごす。その後地元ブレッシャのジュニアチームへ入団、12才にして将来を嘱望されるポテンシャルの高さを見せる。1995年、16才の誕生日を迎えた2日後5月21日レッジーナ戦にてセリエAデビューを果たすが、このシーズン、チームはB降格、更に翌シーズンは出場機会に恵まれず不本意な時期を過ごすが、腐る事なく練習に励み、その結果翌96/97シーズンには17試合に出場、チームのA復帰に貢献する。(1996年ヴィアレッジョ国際TM優勝にも大きく貢献している。)97/98シーズンには再びベンチを温める事も多かったが、監督がフェラーリオに代わると同時に多くの出場機会を得るようになり通算29試合4得点、その能力の高さを証明しインテルへ引き抜かれる。インテルでの加入シーズン、18試合に出場するもスタメン出場は3試合のみ、その才能を持て余す結果に終わるが翌シーズン開幕直後に志願してレンタルされたレッジーナにて28試合6得点の活躍を見せA残留に大きく貢献、翌シーズン途中には再び出場機会を求めてブレッシャへレンタル移籍しここでもR・バッジョのサポート役、そしてボランチとして新境地を開く事に成功した。

01/02シーズンよりミランへ移り、ここでも移籍当初多くの出場機会には恵まれなかったが加入2年目にはブレッシャ時代に経験したボランチのポジションにて主力として活躍、このシーズンのチャンピオンズ・リーグ制覇に多大なる貢献をし世界屈指のレジスタとしての地位を確立したのである。03/04シーズンにはGK以外では最多の31試合に先発出場し自身初のスクデットも手に入れている。

19才でUー21欧州選手権メンバーに選出され、予選9試合6得点の活躍で本大会出場に貢献、スロバキアで開催された本大会ではエースナンバー「10」を付けその才能を遺憾なく発揮し、優勝に大きな役割を果たした。2年後の同大会では準決勝にてチェコに敗れたが、その技術の高さは世界各国から賞賛された。その後ミランでの活躍が認められ2004年欧州選手権予選初戦となる2002年9月7日アゼルバイジャン戦にてフル代表デビューを飾り2004年欧州選手権にも出場、クラブレベル同様に代表でも地位を高める事に成功した。2006年W杯では全7試合に出場すると初戦ガーナ戦にて貴重な先制弾を記録、その後も類稀な存在感で攻撃陣を操ると決勝フランス戦ではマテラッツィの同点弾をアシスト、更にPK戦では1番手のキッカーとしてこれを成功させた。FW陣不振の中優勝を成し遂げたイタリア代表であったが守のカンナバーロ、ブッフォンと共に、その貢献度は計り知れず、この大会のブロンズボール賞にも選出されたのも納得の行く所である。

(01/06/29 Created)(06/07/17 Last updated)
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