Mauricio POCHETTINO

マウリシオ・ポチェッティーノ

マウリシオ・ポチェッティーノのフォト
 フルネームマウリシオ・ロベルト・
ポチェッティーノ・トロセーロ
 国籍アルゼンチン
 生年月日1972年3月2日
 出身地マーフィー
 ポジションDF
 身長・体重182cm・80kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1988-94ニューウェルズ・オールドボーイズ
1994-01エスパニョール(スペイン)
2000-03パリ・サンジェルマン(フランス)
2003-04ボルドー(フランス)
2003-06エスパニョール(スペイン)

タフでハードな守備が持味であり、空中戦にも優れセンター、サイドとハイレベルなプレーを見せた万能型DFである。国際舞台では遅咲きながら2002年W杯では3バックの一角を担った。

ニューウェルスにてキャリアをスタートさせ90/91シーズンにリーグ優勝に貢献、翌年には後期リーグ制覇の原動力となって注目を集めた。その後スペインへ渡りエスパニョールにて活躍、1994年9月4日オヴィエド戦でのリーガデビュー以来主力として高い評価を得て1999年にはレアル・マドリードへの移籍が濃厚となる程であった。結局最終交渉にて話は流れチームに残留する事となったが、このシーズンには1940年以来となる国内カップ優勝に大きく貢献して見せた。翌00/01シーズン途中、チームの財政悪化から284万ポンドでフランス名門パリ・サンジェルマンへ移籍、その後持ち前の統率力を買われキャプテンとして活躍した。03/04シーズンよりボルドーへ移ったが若手の台頭により出場機会が激減した事で、古巣エスパニョールへ期限付き移籍、ここで21試合に出場し降格危機にあったチームを救う働きを見せると05/06シーズンには国内カップ優勝に貢献、シーズン終了後現役引退を表明した。

1991年、ポルトガルで開催されたワールドユースではキャプテンを努め活躍、その後ニューウェルス時代の恩師であるビエルサ氏が代表監督に就任し、1999年3月31日オランダ戦にてフル代表デビューを果たした。同年6月に開催されたコパ・アメリカにも出場し着実に信頼を勝ち得ると2002年W杯ではメンバーに選出、全3試合にフル出場を果たした。因縁の試合と言われたイングランド戦にてオーウェンをファウルで倒してしまい結果的に決勝弾を献上、チームもグループリーグで姿を消したのは不運であったがその能力の高さが否定される事はないだろう。

(03/05/11 Created)(06/06/09 Last updated)
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