Dado PRSO
ダド・プルソ | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
圧倒的な高さと強いフィジカルを活かしたポストプレーに優れた元クロアチア代表FW。20代後半での代表デビューと遅咲きながら持ち前の勝負強さと献身的なプレーで頭角を現し代表レギュラーにまで上りつめた。 母国クラブ、ハイデュク・スプリトで育ったダド・プルソであったが旧ユーゴスラビアの政情不安により、フランスへ。その後フランス3部、4部リーグ等のリーグで経験を積み1997年にフランス名門モナコへ引き抜かれた。熾烈なレギュラー争いに勝つ事が出来ず3部アジャクシオへレンタル移籍し再び下部リーグでのプレーを余儀なくされたが、2シーズン在籍53試合21得点とその能力を一気に開花させ1999年、モナコへ復帰する事に成功した。1999年8月14日バスティア戦にてディビジョン1デビューを果たし20試合に出場、得点こそ2得点に終わったがリーグ優勝を達成している。01/02シーズン、膝の故障から長期離脱する不運を経験するも復帰後は貴重な戦力として活躍、02/03シーズンにはリーグカップ優勝、決勝ソショー戦では得点を挙げるなど活躍を見せた他、リーグ戦においてもチーム2位の12得点を挙げてリーグ2位躍進の原動力となった。03/04シーズンチャンピオンズリーグ、自身の誕生日に行われたデポルティボ戦では4得点を記録し、その名は世界中に知れ渡る事となりこの大会通算7得点を挙げ決勝進出の原動力となったが決勝ポルト戦では真価を発揮出来ないまま敗れてしまった。この試合を最後にフランスを去り、04/05シーズンよりスコットランドへ舞台を移すとN・ノヴァとのコンビでゴールを量産、通算18得点を挙げリーグ優勝に多大なる貢献を見せた。その後は怪我に悩まされ06/07シーズンを最後に現役を引退したのは惜しまれる所である。 代表デビューは欧州選手権予選の2003年3月29日ベルギー戦。この試合、途中出場ながら代表初得点も挙げ勝利に貢献した事からレギュラーに定着、スロベニアとのプレーオフではホーム、アウェイの両試合で貴重な得点を挙げ、この結果合計2ー1で本大会出場権利獲得に最大の役割を果たす。更にこの活躍が認められ2003年クロアチア最優秀選手にも選出され、短期間の内にエースストライカーとして地位を築いたのである。2006年W杯欧州予選ではチーム最多の5得点を挙げ本大会出場権獲得に貢献、迎えた本大会では不本意なプレーに終始したが、その実力を疑う者はいなかったであろう。代表通算32試合9得点。 (04/05/28 Created)(07/12/23 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||