ROBERTO CARLOS

ロベルト・カルロス

ロベルト・カルロスのフォト
 フルネームロベルト・カルロス・ダ・シルバ
 国籍ブラジル
 生年月日1973年4月10日
 出身地ガルサ(スペイン)
 ポジションDF
 身長・体重168cm・70kg
 個人タイトル2002年欧州最優秀選手投票2位
(F・F誌)
1997年世界最優秀選手投票2位
(FIFA)
2002年世界最優秀選手投票3位
(W・S誌)
 ワールド杯1998年準優勝
2002年優勝
2006年ベスト8
所属クラブ
1988-92ウニオン・サンジョアン
1993-95パルメイラス
1995-96インテル(イタリア)
1996-07レアル・マドリード(スペイン)
2007-フェネルバフチェ(トルコ)

「悪魔の左足」、その名の通りロベルト・カルロスの左足から繰り出されるFKには度胆を抜かれる。抜群のスピードでオーバーラップをくり返し正確かつスピーディーなクロスによってチャンスメイク、小柄ながらディフェンス能力も持ち合わせ代表デビュー以来10年以上に渡りセレソンの左サイドバックに君臨し続けた。

1988年にウニオン・サン・ジョアンにてトップデビュー、2年後に名門パルメイラスに移籍するとサンパウロ州選手権、全国選手権の優勝に大きく貢献し1995年にセリエAインテルへ加入する。ここで能力の高さは見せるもインテル低迷期にあって結果を出すまでに至らず翌シーズンよりレアル・マドリードへ移籍。その後の活躍は言うまでもなく10年以上に渡り不動の左サイドバックとしてプレーし、リーグ優勝3回、チャンピオンズ・リーグ優勝3回、トヨタ・カップ2回等数々のタイトルを手中にし、2004年3月に行われたA・ビルバオ戦ではディステファノの記録を塗り替える歴代外国人最多スペインリーグ出場記録を達成している。(396試合)また、2000年に開催されたトヨタ・カップではチームは敗れたが孤軍奮闘し「11人対1人(ロベルト・カルロス)」と賞賛された程、観客を魅了したのも日本のファンなら記憶している所だろう。07/08シーズンよりスペインを離れたのは寂しい限りだが、ジーコ率いるフェネルバフチェにて相変わらずの存在感を示している。

ブラジル代表として1992年2月26日のアメリカ戦でデビュー、1994年のW杯後にレギュラーに定着すると以後95年、97年、99年のコパ・アメリカに出場、1998年W杯では全試合に出場し決勝進出に大きく貢献したが決勝にてフランスに大敗、2002年W杯南米予選では幾度か代表から外れる時期も過ごしたが、迎えた本大会では高いパフォーマンスを発揮し、4年前の雪辱を果たすと同時に歴史にその名を刻んでいる。2004年3月には代表通算100キャップを刻み、2006年W杯にもレギュラーとして出場、圧倒的な優勝候補に挙げられながら準々決勝フランス戦で敗れたのは残念であったが、これまでロベルト・カルロスがセレソンにもたらした功績が色褪せる事はないだろう。

余談ではあるが2002年W杯優勝、チャンピオンズ・リーグ優勝に貢献した事からバロンドール等各賞に最も近いと思われたが、そのポジションが災いしたのか結局、ロベルト・カルロスがその栄冠を得る事はなかった。(FW、MF等攻撃的ポジションの選手が有利に選出される傾向にある。)

(01/03/15 Created)(07/12/17 Last updated)
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