Wolfgang ROLFF
ヴォルフガング・ロルフ | ||||||||||||||||||
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底なしのスタミナでピッチ全体をカバー、マンマークに抜群の強さを見せ、一見地味に見えるプレースタイルながらチームにとって不可欠な存在であった。味方のチャンスになれば果敢に前線へ飛び出し攻撃にも絡み、1986年W杯準決勝フランス戦、及び82/83シーズンチャンピオンズカップ決勝ユベントス戦においてフランス最大のスター、プラティニを完全に封じ込めたプレーはあまりにも有名である。 地元アマクラブでプレーを始め、1980年に西ドイツ2部リーグクラブフォルツナ・ケルンへ加入、ここで経験を積み1982年にハンブルガーSVへ引き抜かれた。前年にリーグ制覇を達成したハンブルガーSVにとってこの若い無名選手の加入は、それほど期待するものでもなかったが、この1年後には、「シーズン最大の掘り出しもの」との賞賛を送られる事となる。名将ハッペルの元1982年8月21日ニュルンベルグ戦にて1部リーグデビュー、以後チームの中核であったフェリックス・マガトの最高のパートナーとして地位を確立させ、デビューシーズン通算32試合4得点を記録、チームのリーグ連覇に多大なる貢献を見せたのである。そればかりかこのシーズンのチャンピオンズ・カップ決勝ユベントス戦ではプラティニをマンマークで抑え、チームの祈願達成に重要な役割を果たして見せた。(1983年トヨタカップでは来日、大会史上初の延長戦の激闘にてグレミオに敗れている。)その後ここではタイトルに見放されたが在籍4シーズン129試合に出場し24得点を記録、チームにとって不可欠な存在として活躍したのである。86/87シーズンより加入したレバークーゼンではUEFAカップ優勝に貢献、これはクラブ初となるタイトルであり、そのカップを高々と掲げたのはチームキャプテン、ロルフであった。30才半ばまで各チームで主力として活躍し、最後は古巣フォルツナ・ケルンにてそのキャリアを終えた。 代表としてはユースレベルでプレーした後、82/83シーズンの活躍から1983年2月23日ポルトガル戦にてデビューを果たす。通算37試合に出場し1984年、88年と2大会連続で欧州選手権にも出場、1986年W杯準決勝フランス戦では得意とする「プラティニ封じ」を完璧にこなし勝利に貢献した。しかし自身2度目となるW杯を翌年に控えた1989年を最後に代表から離れ優勝を成し遂げた西ドイツメンバーの歴史に名を残す事が出来なかった。 (05/03/25 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||