RONALDINHO
ロナウジーニョ | ||||||||||||||||||
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トリッキーなテクニックに華麗なドリブルを織り交ぜたロナウジーニョのゲームメイクは絶品、天性のゴールセンスも兼備えたブラジル代表ファンタジスタ。若い頃からテクニックには定評があったが、年を増す事に進化し続けるパフォーマンスは数十年に1人の逸材と言っても過言ではないだろう。 地元名門グレミオの下部組織で育ったロナウジーニョは1998年1月18日リオグランデドスール州選手権のオルトペ戦にてデビューを果たすと1999年のガウショリ−グにて15得点を記録し得点王獲得、一気にチームのスターとして認知されると州選手権優勝にも大きく貢献する。その後フランス名門PSGへの移籍の際、移籍金を巡ってトラブルとなり一時期プレー出来ない時期を過ごしたが無事移籍後はその才能を十分に発揮、調子のむらは気になる所であったが随所にそのポテンシャルの高さを見せつけるプレーを見せ03/04シーズンよりバルセロナへ引き抜かれる。このビッグクラブでいきなり背番号10を背負うロナウジーニョであったが、その期待に応える素晴らしいプレーでファンを魅了、1年目こそタイトルをチームにもたらす事は出来なかったがFIFA選出世界最優秀選手、そしてワールドサッカー誌の選出する世界最優秀選手の個人タイトル2冠に輝いた。そして翌シーズンには見事クラブをリーグ制覇に導きバロンドールをはじめとする個人タイトルを総なめにすると、翌05/06シーズンにはリーグ連覇に加えクラブ14季振りとなるチャンピオンズ・リーグ制覇を達成、名実共に世界最強のファンタジスタとなった。 1997年にエジプトで開催されたUー17世界選手権ではファビオ・ピントとのコンビで素晴らしい活躍を見せ優勝に貢献、1999年ワールドユースでもハイレベルなプレーを見せた。1999年6月のコパ・アメリカにてフル代表デビューを果たし同大会ベネズエラ戦では大会ベストゴールとも言える華麗な得点を決めその名を世界中に知らしめる事となった。2002年ワールド杯南米予選でも6試合に出場し本大会出場権獲得に貢献すると2002年4月17日に行われたポルトガルとの親善試合ではリバウド、ロナウドと華麗なコンビを見せてファンを魅了、この3人で奏でる攻撃力は2002年ワールド杯本大会でも発揮され母国の優勝に絶大な役割を果たして見せた。(5試合出場2得点)その後はカカ、ロナウド、アドリアーノと共に世界1と言える破壊的なカルテットを形成し2006年ワールド杯を迎えたが準々決勝でフランスの前に敗れ、ロナウジーニョ自身も無得点のまま大会を終えたのは残念な所、この無念は2010年大会において晴らして欲しい所である。 余談だが、2004年シドニー五輪開催中選手村の広場で即興コンサートを開き打楽器「パンデイロ」の腕前を披露、プロ顔負けのテクニックを持つらしい。 (02/05/12 Created)(06/12/23 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||