RONALDO
ロナウド | ||||||||||||||||||
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ボールを受けてからトップスピードへ至るまでの一連のプレースピードは天才的と言え、加えてボールコントロールも世界最高レベル。抜群の決定力も誇る20〜21世紀現在最高のストライカーの1人であろう。 ロナウドことロナウド・ルイス・ナザリオジ・リマは1993年Uー17南米選手権で得点王獲得と同時に優勝に貢献、その活躍によってクルゼイロとプロ契約を果たし同年トップデビューを果たす。1994年3月23日アルゼンチン戦にて代表デビューを飾り同年アメリカW杯では17才でメンバーに選出された。この年オランダPSVへ移籍、当時としては早すぎる欧州進出に不安の声も上がるがデビュー戦でいきなりゴールを奪うとその後も得点を量産、最終的にリーグ優勝には届かなかったが95/96シーズンオランダカップでは優勝を果たす。2シーズン在籍56試合出場で55得点という驚異的な記録を残し1996年バルセロナへ。バルセロナへ加入してからも、その能力を発揮し34ゴールを記録、リーグ優勝はまたも逃したが得点王獲得と同時にこのシーズンの国内カップと欧州カップ・ウィナーズ・カップの2冠に貢献しその後、ロナウド自身の夢でもあるセリエAインテルへ移籍する。インテルでの初年度は25得点を記録、得点王は逃しスクデット獲得もならなかったが、このシーズンのUEFAカップのタイトル獲得に貢献、言うまでもなく断固たる地位を築いた。1999年、右膝靱帯部分断裂によりリハビリ生活を余儀無くされ更に2000年4月の復帰戦にて同じ箇所を完全断裂、引退を噂される程の重傷によりサッカー界全体が悲しみにくれたが、ロナウドのサッカーへの熱意は怪我を序所に克服させ、約1年半という日々を経て復活、全盛期に近いパフォーマンスを見せファンを魅了、インテルからレアル・マドリードへ移籍の際には何かと疑問視されたが、序所にチームに馴染むと通算23得点を挙げリーグ優勝の原動力となって活躍した。02/03シーズン以降不運にもチームはタイトルに見放され何かと戦犯に挙げられ、更に06/07シーズンより監督に就任したカペッロとの確執も表面化、出場機会を失った事で移籍を志願し2007年1月、ミランへ加入する事となった。怪我の影響や若手の台頭等で思うような活躍には至らずとも2008年1月のオスカー・デル・カルチョでは過去10年の最優秀選手賞という栄冠も受賞。 そんなロナウドにまたもや悲劇が襲ったのは2008年2月13日リヴォルノ戦。途中出場でピッチに入った直後、左ひざ膝蓋腱断裂の大怪我を負い約9ヶ月を要するリハビリが必要となった。現役引退も囁かれる中不屈の闘志でこれを克服して欲しい所なのだが・・・。 代表での活躍も素晴らしく、1994年W杯以降エースストライカーとして君臨、1998年ワールド杯で準優勝に終わるも大会最優秀選手に選出され2002年ワールド杯では8得点を挙げ得点王獲得、母国を優勝に導き1998年の雪辱を晴らすとレアル・マドリードではトヨタカップにて貴重な先制弾を挙げ勝利に貢献、この活躍が決め手となり2002年度各世界最優秀選手賞を総なめにした。2006年ワールド杯グループリーグ日本戦では大会記録に並ぶ通算14得点目を記録すると、続くガーナ戦にて大会記録となる15得点目を挙げ、歴史にその名を刻む事に成功している。 (01/03/15 Created)(08/02/16 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||