Roy KEANE
ロイ・キーン | ||||||||||||||||||
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90年代半ばから最強を誇ったマンチェスター・ユナイテッドの大黒柱であり1997年以降はキャプテンとしても活躍した元アイルランド代表MF。ファーガソン監督の戦術である両サイド攻撃の安定に欠かす事の出来ない選手であり、チームにおいて最も重要なプレーヤーに位置付けられたが、テクニックやスピードが買われたいた訳ではなく、その熱き魂とキャプテンシーによって断固たる地位を確立させた。激しい気性で知られており、仲間が不当なファウルを受けた際には鬼の形相で相手選手に詰め寄って行き、時には審判にも猛烈に抗議、チームメイトも例外ではなく試合中、練習中問わず仲間を叱咤し強烈な個性でチームを牽引している。時としてこの性格が災いし警告の対象やトラブルとなる事も多々あったが、この性格あってロイ・キーンの成功があったと言えるだろう。 1989年、18才の時コブ・ランブラーズにてキャリアをスタートさせたロイ・キーンであったが、その1年後に名将ブライアン・クラフ率いるノッティンガム・Fへ引き抜かれる。1990年8月28日リバプール戦にてリーグデビューを飾ると瞬く間にチームの主力となり活躍、タイトルこそ恵まれなかったが3シーズン通算114試合の中で急成長を遂げ当時イングランド記録となる375万ポンドでマンチェスター・Uへ引き抜かれた。ロイ・キーンの加入によってより強力な中盤を構成したマンチェスター・Uは、その後常勝チームへと変貌を遂げ数多くのタイトルを獲得する。ロイ・キーン自身ブライアン・ロブソンの魂を受け継ぎ在籍13シーズンの中で309試合のリーグ戦に出場、7度のリーグ優勝に貢献すると、98/99シーズンには国内リーグ、FAカップ、チャンピオンズ・リーグのトレブル(3冠)をも達成させるなどチームの黄金期を支え続けた。また、99/00シーズンにはリーグ最優秀選手にも選出されている。キャリアの最後を過ごしたセルティックでは中村と共にプレーした事でも知られ、10試合の出場ながらリーグ優勝に貢献している。 代表デビューは1991年5月22日、ダブリンで行われた親善試合チリ戦。ここでもチームの中核となると1994年W杯欧州予選では、前評判の高かったポルトガルを粉砕して本大会への切符を手中にし、本大会では4試合フル出場を果たしてベスト16に大きく貢献した。2002年W杯欧州予選でも、素晴らしい存在感でチームを本大会へ導き本人にとって最後となるであろうW杯での活躍が期待されたが開幕直前にフロント陣とトラブルをおこしてしまい帰国してしまったのは非常に残念な所である。その後は代表から離れたが新監督ブライアン・カーの元2004年5月27日ルーマニア戦にて代表復帰を果たしている。代表通算67試合9得点。 余談だが、2001年3月にアイルランドサッカー協会の腐敗に抗議し、「改善されなければ残りW杯予選を辞退する」として協会を納得させた事は有名な話である。 (01/06/29 Created)(06/06/15 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||