Karl-Heinz RUMMENIGGE
カールハインツ・ルンメニゲ | ||||||||||||||||||
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ベッケンバウアー、ミュラー等の後を引き継ぎドイツサッカー界を支えた80年代スタープレーヤー。強靱でいて瞬発力に優れる身体能力を備え強烈なシュート力と高さでゴールを量産、更にパス、ドリブルに至っても洗練された技術を備えていた完璧なプレーヤーであった。 生まれ故郷のクラブ、ボルシア・リップシュタットでは天才少年として名を轟かせ、1974年に当時黄金期にあったバイエルン・ミュンヘンへ引き抜かれる。ここですぐにミュラー、ヘーネスと共に強力な3トップを形成しチャンピオンズ・カップの栄冠を手に入れる事となる。その能力の台頭と共にクラブの70年代黄金期を築いたスター達は、それぞれの理由でクラブを去っていく事となりクラブの低迷も予想されたが彼の存在がそれを許さず79/80(26得点)、80/81(29得点)、83/84(26得点)と3度の得点王に輝く素晴らしいプレーを見せれば5度のリーグ優勝、3度の国内カップ優勝など数々のタイトルにも貢献して見せた。 その後自身の憧れ的存在でもあるサンドロ・マッツォーラの誘いを受けインテルへ加入、しかし度重なる怪我が影響し期待ほどの活躍は見せられずキャリアの最後はスイスのセルベッテでプレーしそのキャリアを終えた。引退後はバイエルン・ミュンヘンの副会長を勤めるなど、再び愛するクラブのため尽くし、低迷期にあったクラブの立て直しに貢献している。 代表デビューは1976年10月6日ウェールズ戦、1977年以降は不動のストライカーとして君臨し1980年欧州選手権優勝に貢献、この活躍からこの年の欧州最優秀選手にも選出、翌年にも同タイトルを受賞しキャリアのピークを迎えている。ワールド杯では3大会に出場し通算19試合に出場9得点を記録しているが1982年86年と2大会連続で準優勝に終わり、その栄光を刻む事は出来なかった。代表通算95試合45得点。 (01/03/15 Created)(03/02/14 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||