Matthias SAMMER
マティアス・ザマー | ||||||||||||||||||
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ドイツ伝統のリベロとして活躍したスタープレーヤーであり、その名はベッケンバウアー、マテウスと並んで歴史に名を刻むに相応しいであろう。広い視野と洗練された技術、そして瞬時の判断力を武器にボランチとしても高い評価を得ていたが、リベロに転向後更に評価を高め世界最高の地位を築いた。 東西ドイツ統合前は東ドイツのクラブチームであるD・ドレスデンにてプレー、1990年統合後はシュツットガルトに移り翌91/92シーズンリーグ優勝の原動力として活躍した。その後セリエA強豪インテルにてプレーした後名将ヒッツフェルト率いたドルトムントに加入、瞬く間にその地位を築き94/95、95/96シーズンのリーグ連覇を達成、更に翌シーズンのチャンピオンズ・リーグでは膝の故障を抱えながらユベントスとの決勝戦に出場、抜群の統率力で相手攻撃を封じ込めクラブ祈願のタイトル獲得に大きく貢献して見せたのである。しかし、1997年トヨタカップは故障のため出場する事は出来ず、その後も膝の故障に苦しみ98/99、99/00シーズンにはリーグ戦1試合の出場も果たせないまま現役を引退、ドイツ国内に終わらずサッカー界において大きな損失であった。だが、2000年4月、当時降格の危機にあったドルトムント監督に就任、すぐにクラブを立て直すと01/02シーズンにはリーグ優勝も達成、指揮官としての資質も世界クラスにある事を証明している。 東ドイツ代表としてデビューは1988年1月13日スウェーデン戦。通算23試合に出場し6得点を記録している。東西統合後初の東ドイツ人選手としてプレーした事でも知られ、1990年12月19日スイス戦にてデビューを果たし通算51試合8得点。1994年W杯ではベスト8に終わるが2年後の欧州選手権では母国に優勝をもたらし、その活躍が認められディフェンダーとしてはベッケンバウアー以来となるバロンド−ルに輝いている。 (01/03/15 Created)(04/03/12 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||