Walter SAMUEL

ワルター・サムエル

ワルター・サムエルのフォト
 フルネームワルター・アドリアン・サムエル
 国籍アルゼンチン
 生年月日1978年3月22日
 出身地フィルマート
 ポジションDF
 身長・体重184cm・81kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1997-98ニューウェルス・オールド・ボーイズ
1998-00ボカ・ジュニオールズ
2000-04ローマ(イタリア)
2004-05レアル・マドリード(スペイン)
2005-インテル(イタリア)

若い頃から想像もつかない精神力と鋭い読みの深さを持ち、ディフェンダーにとって必要とされるパワー、高さ、統率力においても最高のパフォーマンスを見せチームを牽引する。

ロサリオのニューウェルズにてトップデビューを果たしたワルター・サムエルは1997年ワールドユース優勝で注目を集めボカ・ジュニオールズへ加入する。ビアンチ監督の元、その才能を大きく開花させすぐにレギュラーに定着すると98/99シーズンのアルゼンチンリーグ、前期・後期優勝に大きく貢献する。さらに2000年のリベルタ・ドーレス杯にも優勝、その活躍もあって00/01シーズンより当時ディフェンダーとしては最高となる移籍金でローマへ引き抜かれる。サムエルがローマへ加入するとチームの課題であったディフェンスラインは強固に変身、そのインテリジェンスあふれるプレーがチームに18年振りのスクデットをもたらしたと言っても過言ではなかった。その後も世界屈指の実力を見せつけたがタイトルには恵まれず03/04シーズン終了後、DFのタレントに悩む強豪レアル・マドリードへ引き抜かれたが、チーム状態が最悪の中で本来の能力を発揮出来ず、無冠に終わったチームの戦犯となってチームを去る事となる。05/06シーズンより復帰するセリエAにおいて本来の調子を取り戻しコパ・イタリア優勝に貢献、改めて能力の高さを証明しているが、現在は同じアルゼンチンの若手であるブルディッソの台頭もあり出場機会が減りつつある。

1999年2月のベネズエラ戦にてフル代表デビューを果たすと以後不動のメンバーとして活躍、2002年W杯南米予選では第13節コロンビア戦を累積警告での出場停止以外はすべて出場、素晴らしい攻撃陣を支えるディフェンスリーダーとしてその実力を発揮した。2002年W杯本大会では攻撃陣の沈黙によりグループリーグ敗退したもののその年齢から後2大会は主力として君臨するであろうと思われたのだが・・・2006年5月に発表されたドイツW杯本大会メンバー表の中に、その名が刻まれる事はなく、まさかの落選は本人はおろか回りの人々も驚きを隠せない程であった。(2006年W杯南米予選では9試合に出場し出場権獲得に貢献していた。)W杯後に代表復帰を果たしたが、宿敵ブラジルに0ー3で敗れたのを機に代表を離れているのは残念な所である。

(01/11/24 Created)(07/03/12 Last updated)
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