Manuel SANCHIS
マヌエル・サンチス | ||||||||||||||||||
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冷静でいてタフ、確かな技術も兼ね備え、レアル・マドリードの黄金期を最終ラインで支えたスタープレーヤー。元スペイン代表。攻撃的で派手な選手が注目されがちなチームにおいて、抜群のキャプテンシーでチームを牽引、代えの効かない重要な選手として抜群の人気を誇り、キャリアのすべてをレアル・マドリードに捧げた。 父親はレアル1966年チャンピオンズ・カップ優勝メンバーのマヌエル・サンチス・マルティネス。同年W杯の代表メンバーにも選出された偉大な父親の影響からサッカーを始めレアル・マドリードの育成機関で育つ。リザーブチームのカスティージャにて2部リーグ優勝に貢献、国内カップでは決勝に進出しトップチームであるレアル・マドリードと対戦している。(1ー6の大敗)。この活躍が認められ1983年12月4日ムルシア戦にてディ・ステファノ監督の元トップリーグデビューを果たし、このゲームで決勝弾を記録する活躍を見せた。時を同じくしてトップ昇格を果たしたエミリオ・ブトラゲーニョを中心にミゲル・パルデサ、ミチェル、マルティン・バスケスと自身を含めた5人によって「キンタ・デル・ブイトレ」(ハゲタカ部隊)を形成し、その後のレアル・マドリード黄金期を築く事となる。 00/01シーズンに現役を引退するまでクラブ史上最多となるリーグ通算524試合(34得点)に出場、その間主将としてもチームを牽引し、リーグ優勝通算8回、国内カップ2回、チャンピオンズ・リーグ2回、UEFAカップ2回等数多くのタイトルに貢献、「キンタ・デル・ブイトレ」の中では最も長く現役を続け絶大な影響力でチームに君臨した。 代表としては1986年Uー21欧州選手権優勝を飾った数日後の同年11月12日ルーマニア戦にてフル代表デビュー。2年後の欧州選手権にてフル代表として初の国際大舞台を経験し1990年W杯では全4試合に出場を果たした。代表通算48試合1得点。 (05/07/04 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||