Salvatore SCHILLACI
サルバトーレ・スキラッチ | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
1990年ワールド杯において突如現れたイタリア代表の救世主。全7試合に出場6得点を挙げチームを3位に導き自身も得点王のタイトル獲得、絶妙なポジショニングと抜群の得点感覚を武器に得点を量産しその名を歴史に刻んだ。愛称トト(全能)。 11歳の時、地元少年チームのアマトに所属し17歳までプレーする。1980年から82年まではパレルモのバローネ・ゴメ社(タイヤの販売や交換をする社員10人程度の小さな会社)で月3万円程度の給料で働いていた。1982年に当時セリエCにあったメッシーナと3年契約。チームのセリエB昇格に貢献し87/88シーズンに21得点、翌シーズンには23得点を挙げ得点王となり注目を浴び、強豪ユベントスへ引き抜かれる。ユベントスでのファーストシーズン、15得点を挙げその実力が本物である事を証明、スクデットこそ逃したがコパ・イタリア、UEFAカップの2冠に貢献した。この活躍から1990年3月31日のスイス戦にてフル代表デビュー、その2ケ月後に控えたワールド杯メンバーにも選出された。当初ワールド杯ではレギュラーとは思われていなかったが当時のエース、ビアリの不調から出場のチャンスを得るとグループリーグアメリカ戦以外のすべての試合でゴールネットを揺らした。 ワールド杯後は調子を落とし本来の姿を取り戻す事はなかったが1994年よりJリーグに参加、1995年には32得点を挙げたレッズ福田に1得点差と迫る31得点を挙げ、その得点力の高さを示しファンを魅了した。また、静岡ダービーでは異常なまでの勝負強さを発揮した事でも知られる。現在は故郷にサッカースクールを設立、第2のトトを育てている。 (02/11/29 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||