David SEAMAN
デイヴィッド・シーマン | ||||||||||||||||||
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長年の経験を活かした冷静さと安定感は衰える事なく、40才近い年齢まで強豪アーセナル、イングランド代表の守護神として君臨した守護神。幾度かの凡ミスを犯しチーム敗退の要因に挙げられる事もあったが、年間と通じて見れば常に安定したプレーで勝利に貢献、ミスターセイフハンドと異名をとった実力は世界でも有数であった。 リーズのユースチームで過ごし81/82シーズンにトップ昇格を果たすがデビューをする事なく翌年に当時ディビジョン4にあったピーターボロへ活躍を場を求める。ここで守護神として活躍した後バーミンガムを経てクィーンズ・パーク・レンジャーズへ加入、ここでその才能を大きく開花させ1988年11月16日サウジアラビア戦では代表デビューも果たしている。1990年より強豪アーセナルへ正GKとして迎えられすぐにリーグ優勝に貢献、その後も常に安定した力を発揮し通算3度のリーグ優勝、3度のFAカップ優勝、93/94シーズンには欧州カップ・ウィナーズ・カップ制覇も果たしている。02/03シーズン終了後、契約切れからベンゲル監督よりGKコーチとして就くよう慰留されていたが、現役続行を決意し出場機会のあるマンチェスター・シティへ移籍、しかし2004年年明け後ポーツマスとの試合で肩を故障した事をきっかけに現役引退を決意した。 1996年欧州選手権では最優秀ゴールキーパーに選出されるプレーを見せて母国のベスト4進出に貢献、1998年、2002年と2大会連続でイングランドの守護神として全試合に出場を果たした。しかし2002年ワールド杯での準々決勝ブラジル戦での痛恨のミスからロナウジーニョに決勝弾を決められチームは敗退、各メディアが揃って非難を浴びせた。ただ1度や2度のミスであっても許されないポジションにありそれを擁護するつもりもないが、今まで見せた数々のスーパーセーブもまたシーマンならではであったのを忘れてはならない・・。代表通算75試合。 (03/01/28 Created)(03/01/16 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||