Aldo SERENA
アルド・セレーナ | ||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||
|
空中戦に強く、強烈な左足も兼ね備えた元イタリア代表ストライカー。インテル、ユベントス、ミランとイタリア3大クラブで活躍し各チームで数々のタイトルを手中にした。 イタリア下部リーグ、地元モンテベルナにてキャリアをスタートさせたアルド・セレーナは78/79シーズンにセリエA強豪インテルに引き抜かれセリエAデビュー、第8節ラツィオ戦ではセリエA初得点を記録するもその後は出場機会に恵まれず、翌シーズンよりレンタルにて各チームを放浪する事となる。79/80シーズン、セリエBコモにおいてセリエA昇格に貢献するも、翌シーズンにはバーリへレンタルされ再びセリエBでのプレーを強いられた。ここで通算10得点を挙げインテルへ復帰、コパ・イタリア優勝に貢献し自身にとって初タイトルを刻むもリーグ戦では2得点に終わり、その地位を確立させるには至らなかった。しかし、その後ミラン、再びインテル、そしてトリノと渡り歩き着実に成長、85/86シーズンに名将トラパットーニ率いるユベントスへ引き抜かれ不動の地位を確立させる。この年のトヨタカップでは来日を果たし優勝に貢献、更にセリエAにおいて自身最多の11得点を挙げスクデット獲得に貢献している。翌シーズンよりトラパットーニはインテルを指揮する事となるが1年後それを追うようにインテルへ復帰、ここで断固たる地位を確立させ88/89シーズンのスクデット獲得時にはラモン・ディアスとの素晴らしいコンビでゴールを量産し通算22ゴールで得点王を獲得した。90/91シーズンのUEFAカップ優勝後、トラパットーニと共にチームを去りキャリアの最後はミランにてプレーした。 代表としては1984年12月8日ポーランド戦にてデビュー、代表4試合目の西ドイツ戦にて初得点を記録し、代表監督ビチーニの元で主力として活躍する。1986年W杯ではメンバーに選出されながら怪我の影響で出場機会には恵まれなかったが、1990年W杯では3試合に出場、決勝トーナメント1回戦ウルグアイ戦では貴重な得点を挙げるなどの活躍を見せた。しかしPK戦にまでもつれた準決勝アルゼンチン戦では、5人目のキッカーとして挑むもこれを外してしまう悪夢を経験、更に翌年より代表監督に就任したサッキの元では1度も召集される事はなく、代表キャリアを終えている。代表通算24試合5得点。 (05/06/26 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||