SERGI Barjuan
セルジ・バルファン | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
ズバ抜けた走力と、小柄ながらも強靱な身体を活かした力強いプレーで攻守に活躍、欧州屈指の左サイドバックと称された元スペイン代表重戦車。 1971年12月28日、バルセロナ近郊のレ・フランケスで生まれたセルジは16歳でバルセロナの下部組織(カンテラ)に所属する。当時から驚異的な足の速さを発揮し、そこがスカウトの目にとまったのだが、当時のバルセロナのサッカースタイルには合わず、当時クラブを指揮していたクライフ監督にはなかなか認められなかった。しかしセルジ自身はそのプレースタイルを崩すことなくプレーを続け下部組織に所属してから約5年後の1993年チャンピオンズリーグ、ガラタサライ戦でトップデビューを果たし同年11月28日ラージョ・バジェカーノ戦にてリーガデビュー、その後は抜群の存在感を示すプレーを見せた。この活躍は当時スペイン代表を指揮していたクレメンテ監督の目にもとまりガラタサライ戦でのトップデビューから約3ヶ月後の1994年2月9日ポーランド戦にて代表デビューも果たす。バルセロナではトップデビュー後9シーズンチームのサイドバックとして君臨。3回のリーグ制覇、1回のカップウィナーズカップ、2回のコパデルレイ、1回のヨーロッパスーパーカップ、3回のスペインスーパーカップを獲得と主要なタイトルはほとんど獲得して見せた。 代表でも1994年ワールド杯に出場、大会屈指のプレーヤーとして高い評価を得る。以後不動のレギュラーとして君臨し1996年欧州選手権でも素晴らしいプレーで人々を魅了、その後も無敵艦隊と言われたスペイン代表の中心選手の1人として長期に渡って活躍するが、大舞台ではベスト8以上の成績は残せていない。 02/03シーズン、セルジと折り合いの悪いファン・ハール監督の復帰に伴い戦力外通告を受けると新たな活躍の場をアトレチコ・マドリードに求める。約15年間も過ごしたクラブを不本意に去らねばならない悔しさからか移籍発表会見では感情を抑えきれず涙を流す場面も見られた。加入後は一時期の迫力あるプレーは陰りを見せたものの、経験を活かしたプレーでチームを牽引、04/05シーズンを最後に現役引退を表明した。 (03/02/20 Created)(05/06/17 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||