Andriy SHEVCHENKO
アンドリー・シェフチェンコ | ||||||||||||||||||
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スピード、キープ力、シュート力、得点感覚、突破力・・・、ストライカーとして必要な能力をすべて兼ね備え、そのすべてがハイレベルであるためシェフチェンコの特徴を探す時非常に苦労すると言える。1つ挙げるならば、彼のスピードに乗ってしまった突破を止めるにはファウルを犯すか、ゴールを覚悟するしかないであろうと思われる。現在世界最強の1人と称されるウクライナの至宝。 シェフチェンコが15才の時ディナモ・キエフのジュニア組織に加入し1994年トップデビュー、翌95/96シーズンに31試合16得点を記録し脚光を浴び以後チームの中心として活躍、リーグ5連覇、3度のカップ戦優勝に貢献する。更に98/99チャンピオンズ・リーグにて8得点を挙げ大会得点王を獲得する活躍を見せてチームをベスト4に導き、その名を欧州全土に知らしめ翌シーズンよりミランへ引き抜かれる。1999年9月29日レッチェ戦でのセリエAデビュー以来、初年度からの活躍は難しいとされる舞台で24得点を挙げ得点王獲得の離れ業を演じ翌00/01シーズンにも24得点を記録、その能力に疑いのない事を証明する。01/02シーズン、ルーマニアのフォーカス・ヴェス誌が選ぶ東ヨーロッパ最優秀選手にも選出された。その後02/03シーズン開幕前に負った怪我から思うような働きが出来ず、リーグ戦では過去最低の5得点に終わった。しかし、このシーズンのチャンピオンズ・リーグ準決勝インテル戦にて貴重なアウェイゴールを挙げ決勝進出に大きな役割を果たすと、PK戦までもつれる大混戦となった決勝では自ら志願し、優勝のプレッシャーがかかる最後のPKを決めて、祈願の欧州チャンピオンとなった。03/04シーズンには2度目となる得点王を獲得し、自身初となるリーグ制覇に多大なる貢献をし、この活躍が認められてバロンド−ル受賞の栄誉にも輝いた。 代表としては1995年3月25日のクロアチア戦にて代表デビュー、現在まで不動のストライカーとして君臨しているのは言うまでもなく、2002年W杯出場をプレーオフの末逃したものの2006年ドイツW杯では祈願の本大会出場を獲得、そればかりか本大会では全試合に出場しベスト8進出の原動力となって活躍した。 余談だが、自身の父親の心臓手術を手助けしてもらったミラン会長ベルルスコーニ氏への恩義を忘れず、2003年2月に受けたレアル・マドリードからのオファーを断っている。結果的には家族の問題もあり2006年にチェルシーへ移籍する事となったが在籍7シーズンでセリエA通算127得点、欧州カップ通算36得点、コパ・イタリア、国内スーパーカップ、欧州スーパーカップで通算10得点、通算173得点にも及ぶゴールによってもたらされた数々の栄光とその姿はミラニスタのみならず、世界中のファンの心に深く記憶されたのは言うまでもない。プレミアリーグ移籍後はチームにフィットせず苦難の日々が続くが、その能力を今さら疑う者などいないだろう。 (01/11/19 Created)(07/02/03 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||