SOCRATES

ソクラテス

ソクラテスのフォト
 フルネームブラジレイロ・サンパイオ・ジ・
ソウザ・ヴィエイラ・ジ・オリベイラ
 国籍ブラジル
 生年月日1954年2月19日
 出身地ベレン
 ポジションMF・FW
 身長・体重192cm・79kg
 個人タイトル1983年南米最優秀選手
(エル・ムンド紙)
 ワールド杯1982年2次リーグ進出
1986年ベスト8
所属クラブ
1973-78ボタフォゴ
1978-84コリンチャンス
1984-85フィオレンティーナ(イタリア)
1985-87フラメンゴ
1988サントス
1989ボタフォゴ

長身でいながら柔軟な足下の技術と創造力を備え、「黄金のカルテット」と呼ばれた80年代ブラジル代表のキャプテンとして活躍、独自の風貌に加え医師免許を持っていた事から「ドトール(ドクター)」の愛称で絶大な人気を誇った。

当時医大生であったにも関わらずブラジル名門ボタフォゴにてキャリアをスタートさせ、1976年州選手権にて15ゴールを挙げ得点王を獲得した事で脚光を浴びる。1978年より強豪コリンチャンスへ移籍すると、その輝きは一段と増し1979年、82年、83年と3度の州選手権優勝にクラブを導いた。海外からのオファーが数多く舞い込んだのは言うまでもなく1984年にイタリアセリエAフィオレンティーナへ移籍、1シーズンを過ごし25試合6得点の活躍を見せたが1年で母国へ復帰、ジーコが活躍するフラメンゴへ移り1986年州選手権優勝に貢献、その後サントスを経て古巣ボタフォゴへ戻りキャリアに幕を閉じた。引退後はサンパウロから300km離れたベイラオン・プレートで診療所を開き、スポーツ選手の医療にあたり活躍している。また、2004年末にはイングランド北部の小クラブ、ガーフォースタウンにて現役復帰、10分間の出場ながら人々を喜ばせている。

ソクラテスの代表デビューは1979年5月17日パラグアイ戦。その2週間後に行われたウルグアイ戦では代表2戦目ながら2得点を挙げる活躍を見せ不動の地位を確立させた。1982年ワールド杯では2次リーグ敗退と結果は伴わなかったが歴史上最高と称される「黄金のカルテット」を形成すると同時にキャプテンとしてチームを牽引、全5試合2得点の活躍を見せた。翌年コパ・アメリカでは準優勝、そして自身2度目となる1986年ワールド杯でもベスト8に終わり、栄冠を手にする事はなかったが、そのプレーは人々の心に深く記憶されるに相応しいものであった。代表通算60試合22得点。(非公式を含めると63試合25得点)

余談であるが80年代初頭、当時ブラジルは軍事政権の支配下にあったが母国のスーパースターであったソクラテスは民主化の政治活動に熱心であったらしい。フィオレンティーナ移籍前、何十万もの民衆の前で演説を行い「もし自由選挙が行われるなら海外移籍を拒否してもよい」とまで力説、これが要因かは分からないが、80年代後半より民主化への道が切り開かれ1989年の自由選挙による大統領選が行われた。

(01/03/15 Created)(03/12/24 Last updated)
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