Neville SOUTHALL
ネビル・サウスオール | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
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驚異的な反射神経によるセービングと安定したボール処理により欧州屈指の守護神としてその名を知らしめた元ウェールズ代表守護神。長期に渡り在籍したエバートンにて黄金期を築き、代表としてもウェールズ歴代最多キャップとなる92を記録している。 母国コンウィ・Uやウィンスフォードにて技術に磨きをかけイングランド下部リーグ、ベリーにて本格的にキャリアをスタートさせた。1981年より1部リーグ名門エバートンを率いる事となった名将ハワード・ケンド−ルの目にとまる格好で引き抜かれ、1981年10月17日イプスウィッチ戦にて1部リーグデビューを果たす。デビューシーズン26試合に出場した後、1983年に一時ポート・ヴェイルへレンタルされるがすぐに呼び戻され、83/84シーズンのFAカップ優勝に大きく貢献し以後不動の守護神として君臨する事となる。翌84/85シーズンには42試合に出場しリーグ制覇を達成すると同時にクラブ初となる欧州カップタイトル、カップウィナーズ・カップ優勝に貢献しこのシーズンの記者投票によって選出されるリーグ最優秀選手にも選出されその名は世界的に知られる事となった。85/86シーズンには再びリーグ優勝を成し遂げたが、その後ハワード・ケンド−ルの監督辞任以降クラブは低迷、94/95シーズンのFAカップ優勝が自身にとって最後のタイトルとなった。エバートン退団後はアマクラブを含む各クラブを渡り歩きコーチ兼任しながら現役プレーヤーとして過ごした。 代表デビューは1982年5月27日母国レクサムで行われた北アイルランド戦。以後15年に渡りゴールを守り、記録したキャップ数は同国歴代最多の92。当時ウェールズにはサウスオールをはじめイアン・ラッシュやM・ヒューズ、若手のギグス等タレントは揃っていたが、選手層が薄い事もありワールド杯等のビッグイベントに出場出来なかったのは残念であった。 余談だが、1992年に日本で開催されたキリンカップでは来日を果たし日本、そしてアルゼンチンと戦った事を懐しむオールドファンも数多い事だろう。 (04/04/25 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||||||||||