Gareth SOUTHGATE
ギャレス・サウスゲイト | ||||||||||||||||||
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統率力、そしてカバーリング能力に優れ、イングランド代表として50を超えるキャップ数を誇る。MF出身である事から前線へのフィードも正確であり攻撃の起点となる。 1988年に練習生としてクリスタルパレスへ加入、翌年にトップ昇格を果たし90/91シーズン終盤4月23日リバプール戦においてプレミアデビューを飾った。当時はMFとしてプレーし、93/94シーズンの2部降格時には9得点を挙げるなど活躍し1年でのプレミア復帰に貢献している。1995年、250万ポンドでアストン・ヴィラへ引き抜かれると、当時チームの指揮官であったブライアン・リトルによってDFへコンバート、これにより、その才能を飛躍的に開花させ1996年にはリーグカップのタイトルに貢献、1995年12月12日ポルトガル戦にて代表デビューも飾っている。地元開催となった1996年欧州選手権ではメンバーにも選出されベスト4に貢献、しかしPK戦までもつれた準決勝ドイツ戦において自身のPK失敗により母国を決勝へ導く事が出来なかったのは不運の何ものでもなかった。 98/99シーズン、マンチェスター・Uが3冠を達成した当時、チームのアシスタントコーチを努めたスティーブ・マクラーレンが2001年にミドルスブラの監督に就任すると、それまでに高く評価していたサウスゲイトをチームの中心に据えるべく650万ポンドで引き抜く事となった。ポール・インスの去った後はキャプテンとしてチームを牽引、ヴィラ時代のチームメイト、エヒオグと形成されたCBコンビはプレミアでも屈指と賞賛され、03/04シーズンにはクラブ祈願の初タイトル、リーグカップ優勝を達成させた。また、05/06シーズンにはUEFAカップ決勝の舞台も踏みサウスゲイト自身3度目のタイトルを掴む最後のチャンスであったが、これはセビージャの前に打ち砕かれている。シーズン終了後、チームの監督であったマクラーレンが代表監督に就任するにあたり、これに代わって指揮を取る事となり、プレーイングマネージャーとなった。 1998年W杯では主力として挑み初戦チュニジア戦にてフル出場、しかし、この時の故障が原因となり残るグループリーグ2試合を欠場、決勝トーナメントアルゼンチン戦にて途中出場を果たすもPK戦の末敗れる結果となったのは残念であった。2000年欧州選手権出場後、2002年W杯でもメンバーに選出されるも出場機会に恵まれる事はなくその後主力として挑む予定であった2004年欧州選手権も故障のためメンバーに選出される事はなかった。代表通算57試合2得点。 (03/08/29 Created)(07/12/21 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||