Jaap STAM
ヤープ・スタム | ||||||||||||||||||
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強靱な身体を使ったディフェンスは世界屈指の強さを誇り、その巨漢に似合わぬスピードと足下の柔軟性も備えた元オランダ代表ディフェンダー。 92/93シーズン、ズボレにてキャリアをスタートさせカンブールにて才能を開花、95/96シーズン途中にPSVへ移ると、このシーズンの国内カップ優勝に貢献する。翌シーズンにはリーグ制覇も果たし、オランダ最優秀選手にも選出された。1998年よりプレミアリーグへ活躍の場を移すと更に輝きを放ち98/99シーズンのチャンピオンズ・リーグ、プレミアリーグ、FAカップの3冠達成に多大なる貢献、UEFAの選出するベストディフェンダーにも選出された。更に在籍した3シーズンすべてにおいてプレミアリーグ制覇、1999年トヨタカップでは世界1の称号の手中にしている。しかし、その後発表した自伝が発端となりファーガソン監督との関係が悪化、2005年までの契約を待たないまま2001年にセリエAラツィオへ移籍する。更に、このシーズン途中に薬物疑惑が発覚し数ケ月の出場停止処分を受けるなど不本意なシーズンを過ごした。迎えた02/03シーズン開幕当初、チームの財政悪化からネスタやクレスポを放出し、チームは弱体化が予想されたが、スタム等を中心としたDF陣はリーグ3位となる失点数(30失点)に抑え、リーグ4位を確保、翌シーズンのチャンピオンズ・リーグ出場権獲得に大きく貢献して見せた。03/04シーズンにはラツィオ加入以来初タイトルとなるコパイタリア優勝を成し遂げ、これを置き土産にミランへ移る事となる。ここではタイトルを手に入れる事は出来ず05/06シーズンを最後にイタリアを去る事となったが、スタムがセリエAで見せたプレーは、やはり世界最高棒というに相応しいものであった。07/08シーズン途中の10月末、モチベーションの低下を理由に現役引退を表明している。 代表デビューは1996年4月24日ドイツ戦。その後主力として活躍し1998年ワールド杯には全7試合に出場、ベスト4進出の好成績に貢献すると2000年欧州選手権でもベスト4進出の原動力となった。2002年ワールド杯での出場を逃したのは残念であったが、2004年欧州選手権ではベスト4進出の原動力となり活躍した。大会終了後クラブレベルに専念する事を表明し代表を引退、通算67試合3得点という記録を残した。 (03/05/26 Created)(08/01/06 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||