Davor SUKER

ダヴォール・シュケル

ダヴォール・シュケルのフォト
 フルネームダヴォール・シュケル
 国籍クロアチア
 生年月日1968年1月1日
 出身地オシエク
 ポジションFW
 身長・体重183cm・83kg
 個人タイトル1998年欧州最優秀選手投票3位
(F・F誌)
 ワールド杯1998年3位
2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1984-89NKオシエク
1989-91ディナモ・ザグレブ
1991-96セビージャ(スペイン)
1996-99レアル・マドリード(スペイン)
1999-00アーセナル(イングランド)
2000-01ウェストハム・ユナイテッド(イングランド)
2001-031860ミュンヘン(ドイツ)

強烈でいて繊細な左足を持ち、シュートの巧さは世界最高と称された元クロアチア代表不動のエースストライカー。クロアチア代表最多得点記録保持者であり1998年ワールド杯では得点王を獲得、その能力の高さを証明し、日本をグループリーグ敗退に追いやる決勝点を挙げた事でも記憶に残るプレーヤーといえるだろう。

ユーゴスラビアから分裂する前の地元NKオシエクにてキャリアをスタート、86/87シーズンよりレギュラーとして活躍し、シーズンを重ねる事にゴール数を伸ばし88/89シーズンには21才で18得点を挙げ得点王に輝いている。この活躍から強豪ディナモ・ザグレブへ引き抜かれ2シーズン60試合34得点の素晴らしい決定力を見せたがタイトルには恵まれず、91/92シーズンよりスペインへ渡る。セビリアでも不動のエースとして君臨し5シーズン通算153試合76得点の記録を残し強豪レアル・マドリードへ引き抜かれると、移籍1年目に24得点を挙げる活躍を見せリーグ優勝に大きな役割を果たす。翌97/98シーズンにはチャンピオンズ・リーグ優勝に貢献したがリーグ戦では10得点しか挙げられず、30才という年齢から衰えは隠せないかと思われた。しかしシーズン終了後、その不安を一掃する所かシュケルの名を世界中に知らしめる大会が行われる・・1998年ワールド杯である。

ユーゴスラビアUー21代表として出場した1987年ワールドユースチリ大会、通算6得点を挙げ優勝に貢献し脚光を浴び、1990年ワールド杯にてユーゴスラビア代表メンバーにも選出されている。ユーゴスラビアからの分裂以後不動のエースとして君臨し、クロアチア代表として初の国際舞台となった1996年欧州選手権では3得点を挙げベスト8進出に貢献、なかでもデンマーク戦で見せた名手シュマイケルの頭上を超すループシュートは今尚語られる程素晴らしいものであった。1998年ワールド杯欧州予選では5得点を挙げたが、ホームギリシャ戦での同点弾(1ー1)、ホームデンマーク戦での先制弾、(1ー1)アウェイギリシャ戦での決勝弾(0ー1)はチームに勝点をもたらす貴重な得点であった。迎えた本大会では全7試合に出場、内グループリーグ、アルゼンチン戦以外の6試合で1得点づつ挙げ通算6得点、3位という好成績に貢献したばかりか、自身も得点王に輝き歴史に名を残した。2002年ワールド杯でもメンバーとして来日したが、初戦メキシコ戦でのプレーが冴えず、結局この1試合のみの出場に終わったのは残念であった。レアル・マドリード退団後はイングランドへ渡りアーセナル、ウェストハムでプレー、その後2001年よりブンデスリーグ、1860ミュンヘンでプレーし02/03シーズンを最後にキャリアの幕を閉じた。

クロアチア代表通算69試合45得点、クラブ通算423試合198得点、その決定力がいかに高かったか、この記録が証明しており、今後もクロアチアの英雄として語られる事だろう。

(01/03/15 Created)(03/12/13 Last updated)
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