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サフェト・スシッチ

サフェト・スシッチのフォト
 フルネームサフェト・スシッチ
 国籍ユーゴスラビア
 生年月日1955年4月13日
 出身地ザビダビチ(ボスニア)
 ポジションFW・MF
 身長・体重178cm・76kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1982年グループリーグ敗退
1990年ベスト8
所属クラブ
1973-82サラエボ
1982-91パリ・サンジェルマン(フランス)
1991-92レッドスター93(フランス)

80年代旧ユーゴスラビア(現ボスニア)を代表する選手の1人であり、非凡な才能を駆使してチームを牽引したファンタジスタ。創造性溢れるプレーからゲームを操る天才的才能を備え、シュート感覚にも優れていた。また2004年にはボスニアの過去50年の中から最優秀選手賞にも選出されている。

旧ユーゴスラビア現ボスニアにて生まれたサフェト・スシッチはサラエボにてキャリアをスタートさせここで頭角を現しチームの中心として活躍、優勝のタイトルにこそ恵まれなかったが自身は79/80シーズンのユーゴスラビアリーグ得点王(17得点)に輝いている。海外クラブからも注目される選手であったが、当時若い選手の海外移籍は許されておらず1982年、28才になってフランスへ移籍する事となる。パリ・サンジェルマン加入後すぐに持前のゲームセンスで不動の地位を築くと82/83シーズンの国内カップ優勝に貢献、この活躍からリーグ最優秀外国人選手にも選出され85/86シーズンにはクラブ祈願のリーグ初優勝に大きな役割を果たした。

ユーゴスラビア代表デビューは1977年5月10日ハンガリー戦。この試合にて2ゴールを記録する華やかなデビューであったが、ボスニア出身であったためその存在は冷遇視され代表戦出場機会は巡ってこない時期を過ごす。1978年ワールド杯欧州予選、開幕から2連敗を屈したユーゴスラビア代表において第3戦となる1977年11月ルーマニア戦にて救世主となるべく出場機会をを与えられ、この試合で見事ハットトリックを達成させて強烈な印象を残す事となる。結局前の連敗がひびき予選突破はスペインに譲ったがその後攻撃の要として代表の中核を担い、1982年には母国をワールド杯へ導きグループリーグで敗退したものの素晴らしいプレーで見る者を魅了した。1984年欧州選手権後代表から外されたが、スシッチ不在が理由で1986年ワールド杯出場を逃したため、オシム監督の要請を受け代表復帰、1990年ワールド杯ではストイコヴィッチ等と共にベスト8進出に大きく貢献している。

(03/07/10 Created)
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