Naohiro TAKAHARA

高原直泰

高原直泰のフォト
 フルネーム高原直泰
 国籍日本
 生年月日1979年6月4日
 出身地静岡県
 ポジションFW
 身長・体重181cm・75kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2006年グループリーグ敗退
所属クラブ
1998-01ジュビロ磐田
2001-02ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)
2002-03ジュビロ磐田
2003-06ハンブルガーSV(ドイツ)
2006-08フランクフルト(ドイツ)
2008-浦和レッズ

フィジカルに強く、ポストプレーからドリブルに至まで点取屋としての能力をすべて兼備え、日本人離れした両足からの得点センスは現日本代表に不可欠と思われる。そして何よりも、どんな体勢からでも貪欲にゴールを狙う意識の高さこそ彼の最大の武器でもある。

小学校1年の時、地元静岡県三島市の少年チームにてサッカーを始め、東海大一中学に入学、2年の時にジュニアユース代表に選出され1994年アジアユース選手権優勝に貢献する。その後清水東高校を経て1998年にジュビロ磐田へ入団、1998年1ステージ開幕戦にて途中出場ながらトップデビューを果たすとその数分後には初得点も記録、その後順調に出場機会を増やし大きく成長していく。1999年ワールドユースではフォワードの軸として全試合に出場し3得点を挙げて準優勝に貢献、日本中を熱狂させた後2000年2月のシンガポール戦にて代表デビューを果たす。同年に開催させたシドニー五輪にてベスト8に貢献、更に同年アジア・カップではハットトリックを含む5得点を挙げてチームの優勝に貢献した。

2001年にはアルゼンチン名門ボカへ移籍、ポテンシャルの高さは見せるが7試合1得点と振るわず、更に国内経済不安という不運が重なり翌年2月には帰国してしまう。それでも2002年W杯のストライカーとして大きく羽ばたくはずであったが・・・大会を直前にエコノミー症候群を発症、1ケ月半に及ぶリハビリに務めたがW杯メンバー表の中にその名前が書き込まれる事はなかった。大会後2002年Jリーグファーストステージが再開すると見事な復活を遂げ7戦連続ゴールを記録するなどしてファーストステージ優勝に大きく貢献、迎えたセカンドステージでもその勢いは止まる事はなく得点を量産、前期後期通算26ゴールを挙げ得点王獲得、更には年間最優秀選手にも選出されJリーグ初のリーグ完全制覇に大きく貢献した。シーズン終了後には2006年W杯を見据えドイツ、ハンブルガーへ。リーグデビューから3戦目となるバイエルン・ミュンヘン戦後半ロスタイムに貴重な同点弾、自身にとって初ゴールとなる嬉しい得点であり、更にカーンのリーグ無失点記録を止めるという歴史に名を残すゴールであった。しかし、欧州デビューシーズンは通算7得点を挙げたものの、その後は思うような活躍は出来ず在籍4シーズン通算97試合13得点と本来の得点能力を発揮する事は出来ず、2006年W杯でも期待に応える活躍は出来なかった。W杯後、出場機会を求めフランクフルトへ移籍、ここで復調しチーム最多の11得点を挙げ残留に貢献し翌シーズン途中6シーズン振りにJリーグ復帰を果たしている。

(02/08/01 Created)(08/01/09 Last updated)
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