Francesco TOTTI

フランチェスコ・トッティ

フランチェスコ・トッティのフォト
 フルネームフランチェスコ・トッティ
 国籍イタリア
 生年月日1976年9月27日
 出身地ローマ
 ポジションMF・FW
 身長・体重183cm・77kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年ベスト16
2006年優勝
所属クラブ
1992-ローマ

創造力溢れるプレーと得点能力に優れたスタープレーヤーであり、デビュー以来所属するローマでは絶対的存在として君臨する。

ローマのトゥスコラーノ地区に生まれたフランチェスコ・トッティは幼き頃から熱狂的なロマニスタ。弱冠16才にして祈願のユニフォームに袖を通し1993年3月28日のブレッシャ戦にてセリエAデビューを果たす。トッティ自身のアイドルであるジャンニーニに憧れ、いつしかその存在を追い抜くとローマの象徴的存在にまで成長、ローマの王子として君臨する。デビュー以来毎シーズン、優勝候補に挙げられながら後一歩で成し遂げられず、批判の対象となる事もあったが00/01シーズン、ついにその夢を達成する事に成功、更に2004年12月19日パルマ戦においてはR・プルッツォの持つローマ歴代得点記録を塗り替える107得点を達成すると2007年2月11日再びパルマ戦において前人未到の452試合出場というローマ歴代最多出場記録(国内、欧州カップ含む)も達成させた。1年後の2008年2月24日フィオレンティーナ戦ではローマでのセリエA通算出場386試合としてジャコモ・ロージの記録に並ぶと翌節(2008年2月27日)インテル戦にて新記録となる387試合目の出場を果たした。

代表としては1998年ワールド杯後の10月10日、欧州選手権予選スイス戦にて代表デビュー、瞬く間にチームの主力に上りつめると欧州選手権本大会では素晴らしいプレーによってチームを準優勝に導く活躍を見せたが、2002年ワールド杯では期待以上のプレーは見せる事が出来ず、審判誤審(疑惑)等の不運も重なりチームはベスト16で姿を消す無念を味わった。また2004年欧州選手権初戦デンマーク戦では相手プレーヤーに唾を吐きかける暴挙に出て残り試合を出場停止、グループリーグ敗退の戦犯とされてしまった。リベンジを賭け挑んだ2006年ワールド杯、左足首骨折から復帰して間もない事もあってスーパープレイを見せる事は出来なかったが、それでも全7試合に出場し優勝に貢献、決勝トーナメント1回戦オーストラリア戦では後半ロスタイムに得たPKをしっかりと沈め精神的な強さを見せつけている。大会後、代表召集を自身の意思で見送っており2008年欧州選手権も辞退予定・・・このまま代表引退はあまりにも寂しい気がするのだが・・・。

余談だが、中田がローマに在籍した事で、トッティの名は日本でも大きく取り上げられて来たが、そのほとんどが両選手を比較したものであった。トッティがローマの司令塔に君臨する事でベンチに追いやられた形となった中田であったために、日本でのトッティ人気は薄いと感じる事も多かったがその実力に疑いの余地はなく、また当時伝えられた両選手の不仲説など実際には存在しなかったと思われる。

(01/12/23 Created)(08/03/01 Last updated)
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