David TREZEGUET
ダビド・トレゼゲ | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
長身から繰り出されるヘディングは強力で、足下にも優れた能力を持ち合わせるフランス代表ストライカー。しなやかな身体を使いどんな体勢からでもゴールを陥れる事が出来る。 フランスで生まれたダビド・トレゼゲは2才の頃から両親の故郷アルゼンチンで育つ。1994年6月12日ヒムナシア戦にてアルゼンチン1部リーグデビューを果たすが、わずか5試合に出場した後生まれ故郷のフランスへ渡り名門モナコへ加入、1996年2月7日パリ・サンジェルマン戦にてディビジョン1デビューを果たした。96/97シーズンのリーグ優勝時にはわずか5試合の出場に止まるが翌97/98シーズンよりレギュラーに定着、27試合18得点を記録する活躍を見せるとその後も不動のレギュラーとして活躍し99/00シーズンには22得点を記録、アンデルソン(リヨン)の23得点には及ばず得点王のタイトルは逃したがリーグ優勝の原動力であったのは言うまでもない。この活躍もあって00/01シーズンよりセリエA強豪ユベントスへ引き抜かれ2000年10月15日バーリ戦にてセリエAデビューを果たした。当時のユベントスFW陣にはF・インザーギ、デルピエロ、コヴァチェヴィッチ等蒼々たるタレント揃いであったにも関わらず、着々と出場機会を増やして得点を重ねこのシーズンチーム最多得点となる14得点を記録し断固たる地位を築く。翌01/02シーズンには24得点を記録し得点王獲得と同時にスクデット獲得に貢献、ピアチェンツァのヒュブナーと並んでの得点王タイトルであったがPKを1本も記録していない事からも、その得点能力の素晴らしさは言うまでもなくシーズン最優秀外国人プレーヤーにも選出された。02/03シーズンチャンピオンズ・リーグでは決勝進出に貢献、PK戦にもつれ込む接戦であったが1番手のキッカーとしてこれを外し、チームが優勝を逃す要因の1つとなったのは悔やまれる所。しかし、その後は何度かの怪我に泣かされながらエースとしてチームを牽引、チームの八百長疑惑からB降格時にも1年間という条件付きながらチームに残留しA昇格へ向け活躍中である。 代表としては1998年1月28日のスペイン戦でデビュー。地元フランスで開催されたW杯にも出場(6試合1得点)し世界制覇を経験すると2000年欧州選手権決勝戦では同点となる得点をアシスト、さらに延長で素晴らしいゴールデンゴールを決めてトレゼゲの名を一気にスターダムへと押し上げた。しかし、2002年ワールド杯ではエースとして挑むもチームの不振から得点を挙げる事は出来ず、2006年ワールド杯では決勝まで進出したチームの中でサブに甘んじ通算3試合の出場に終わった。更に決勝イタリアとのPK戦では唯一トレゼゲだけがPKを外す不運までも経験している。 チャンピオンズ・リーグ決勝、ワールドカップ決勝と大舞台で2度に渡るPK失敗はトレゼゲにとってこれ以上ない失望を味わったと思われるが、これを差し引いても世界有数のストライカーであるのは誰もが認める所だろう。今一度、主役としてビッグタイトルに期待したい所である。 (01/08/29 Created)(07/02/16 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||