TUGAY Kerimoglu
トゥガイ・ケリモル | ||||||||||||||||||
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小柄ながら運動量に優れ、的確な状況判断で中盤の底からチームを操った元トルコ代表MF。正確なフィードにも定評があり数多くのチャンスを演出、2002年W杯で躍進したトルコ代表を語る上で欠かす事の出来ないスタープレーヤーと言えるだろう。 父親、兄共にサッカープレーヤーという家庭に生まれたトゥガイは父親が在籍していたトラブゾン・スポルのユースチームにて本格的にサッカーを始める。1987年にトルコ名門ガラタサライに入団しプロデビュー、当初はディフェンダーとしてプレーしていたが、その後中盤に転向しチームの主力にまで成長を遂げると通算6度のリーグ優勝、4度の国内カップ優勝に貢献しチームの黄金期を築いた。99/00シーズン途中にスコットランドへ渡ったため、同シーズンのリーグ4連覇、そしてトルコチーム初のUEFAカップ優勝に立ち会う事は出来なかったが移籍先であるレンジャースではリーグ優勝国内カップ優勝の2冠達成に貢献して見せた。更に、01/02シーズンよりプレミアリーグに活躍の場を移すとこのシーズンのワージントンカップ制覇に大きな役割を果たすなどの活躍を見せ、30代後半となる現在まで主力の1人として活躍中である。 代表デビューは1990年5月27日アイルランド戦。トゥガイ自身の成長と共にトルコ代表も躍進を続け2000年欧州選手権では本大会に出場しベスト8の好成績に貢献、当時代表を率いた名将デニズリ氏との確執から代表を離れる時期もあったが、ギュネス氏が監督が代表監督に就任すると再び代表復帰を果たし12大会振りとなる2002年W杯出場権獲得に貢献する。迎えた2002年W杯本大会でも不動のボランチとして全7試合に出場、玄人筋が目を見張るハイレベルなプレーを持続し誰もが想像し得なかった3位という素晴らしい成績に大きな役割を果たした。その後代表引退を表明するも2004年欧州選手権本大会出場に向け代表復帰、結局は母国を本大会へ導く事は出来なかったが豊富な経験でチームを牽引し、2003年11月、ラトビアとの試合を最後に代表を引退した。代表通算92試合2得点。 (03/04/05 Created)(08/01/05 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||