Juan Carlos VALERON
フアン・カルロス・バレロン | ||||||||||||||||||
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創造力に富んだ意外性のあるパスセンスは秀逸、また、チームのバランスを保つバランサーとしての評価も高く、加えてトップ下からボランチ、右サイドハーフ、時にはFWもこなすオールラウンダーでもある。イタリア名将サッキにして「ジダン二世となり得る逸材」とまで言わしめたプレーヤーでもある。 95/96シーズン、地元ラス・パルマスにてプロキャリアをスタートさせ97/98シーズンにマジョルカにてリ−ガデビュー。チームのリーグ5位、国王杯準優勝で評価を高めて翌シーズンよりアトレティコ・マドリードへ加入する。ここでイマジネーション溢れる素晴らしいプレーを披露し急成長を遂げると00/01シーズンよりデポルティボ・ラコルーニャへ移籍、ジャウミーニャの控えながら31試合に出場(途中出場含む)し素晴らしいプレーでファンを魅了すると、翌01/02シーズンには開幕からスタメン出場を果たし以後不動の地位を確立させた。このシーズン国内カップ優勝に貢献している。05/06シーズン第20節マジョルカ戦にて左膝前十字靱帯を断裂する大怪我を負い長期離脱を余儀無くされた。この影響から翌06/07シーズンはわずか2試合の出場に終わりチームも13位に低迷している。 アトレティコ時代での急成長が当時スペイン代表を率いたカマーチョ監督の目にとまり1998年11月18日のイタリア戦で代表デビューも果たす。2000年欧州選手権では大きな期待を背負っての登場となったが期待に応える事なくチームは決勝トーナメント1回戦で敗退、戦犯としてメディアに叩かれる不運を経験した。以後1年余り、スペイン代表に呼ばれる事はなかったがクラブチームで見せるハイレベルなパフォーマンスをきっかけに2001年6月のW杯欧州予選ボスニア戦にて代表復帰を果たす。欧州選手権でのリベンジを胸に挑んだW杯では4試合に出場、グループリーグ初戦スロベニア戦ではゴールも記録している。その後も主力としてプレーし2004年欧州選手権にも出場したが大怪我後は代表を離れ代表キャップ46試合(5得点)でストップしている。 (01/11/05 Created)(08/01/03 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||