Marco VAN BASTEN
マルコ・ファン・バステン | ||||||||||||||||||
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90年代最高のストライカーの1人でありクライフ世代以降のスーパースター。長身を活かした空中戦、抜群のバランス感覚、素晴らしい瞬発力に決定力と、ストライカーとして必要な能力をすべて備え、柔軟な足下のテクニックからゲームメーカーとしても機能する万能型プレーヤーであった。 ユトレヒトにてDFとしてプレーした父親にあらゆるテクニックを教わり地元アマチーム、エリンクウイックでプレーした後、16才6ケ月にてアヤックスに入団する。当時、引退を間近にしていたクライフにも認められ1982年4月3日NEC戦にてトップデビュー、いきなりゴールを記録し誰もが新たなスタープレーヤーの誕生を予感、その通りの王道を歩み始める。アヤックス通算6シーズン中リーグ優勝3回、国内カップ優勝3回、86/87シーズンにはカップ・ウィナーズ・カップなど数々のタイトルをチームにもたらし、ファン・バステン自身もリーグ4年連続得点王、1986年には37得点を挙げゴールデンブーツも獲得し、その名前を全世界に知らしめる。(アヤックス通算133試合128ゴール)1987年より世界最強と謳われたミランへ加入、初年度こそ怪我で活躍出来なかったが、翌シーズンよりその能力を発揮、3度スクデット獲得に加え、2度の得点王を獲得、更にクライフ、プラティニに次ぐ史上3人目となる3度のバロンドールを受賞している。 代表デビューは1983年9月7日アイスランド戦。ワールド杯での活躍は巡り合わせも悪く1990年のベスト16進出止まりだがオランダ代表として通算58試合24得点を記録している。1988年欧州選手権ではイングランド戦にてハットトリック、西ドイツ戦では決勝ゴール、更に決勝となったソ連戦、20世紀最高のゴールと賞されるスーパーボレーを決めオランダを欧州の頂点に導くと同時に自身も得点王に輝く活躍を見せた。 残念なのは、両足首、左膝と怪我に悩まされ幾度かの手術を経験、リハビリ生活後には復活を予感させるも結局完治するには至らず1995年8月17日、31歳の若さで引退となった。当時サッカー界において、想像出来ない程の損失であったのは言うまでもないだろう。 (01/03/15 Created)(02/08/19 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||