Giovanni VAN BRONCKHORST

ジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト

ジョバンニ・ファン・ブロンクホルストのフォト
 フルネームジョバンニ・クリスティアン・
ファン・ブロンクホルスト
 国籍オランダ
 生年月日1975年2月5日
 出身地ロッテルダム
 ポジションDF・MF
 身長・体重176cm・72kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1998年ベスト4
2006年ベスト16
所属クラブ
1993-94RKC
1994-98フェイエノールト
1998-01レンジャース(スコットランド)
2001-03アーセナル(イングランド)
2003-07バルセロナ(スペイン)
2007-フェイエノールト

タイミングの良い攻め上がりと正確な左足のクロスが持味だが、堅実な守備能力も備えておりサイドバックとして欧州でも高い評価を得ているオランダ代表。フェイエノールト育成機関が久しぶりに輩出した次代のスター候補と脚光を集めると、この期待に応える着実な成長を遂げた。得点能力を含め攻撃力が高くサイドハーフとしても機能するため左サイドのスペシャリストと言えるだろう。

インドネシア出身の父親、モルッカ諸島出身の母親の元オランダのロッテルダムに生まれ、サッカープレーヤーだった父親の手ほどきを幼少の頃から受ける。6才の時LMOという少年クラブで本格的にサッカーを始め翌年には名門フェイエノールトの育成機関に加入、ここで序所に頭角を現し15才で本契約を果たした。1991年にはオランダユース選手権優勝に貢献し将来有望な若手として脚光を浴びると経験を積むためレンタル加入したRKCにてトップリーグデビュー(ヴォーデンダム戦)、通算12試合に出場を果たした。94/95シーズン、当時フェイエノールトを率いたファン・ハーネヘムによって呼び戻され着実な成長を遂げると翌シーズンより不動の地位を確立させ33試合9得点の活躍を見せた。当時フェイエノールトの低迷期であったためタイトルは国内カップ1度のみであったが、ここで見せるプレー振りが認められ98/99シーズンよりスコットランド強豪レンジャースへ引き抜かれる。前シーズン20年振りの無冠に終わったレンジャースの立て直しのため指揮官となったのはPSVやオランダユースでファン・ブロンクホルストを良く知っていたアドフォカート。彼はファン・ブロンクホルストの攻撃力を高く評価しており、この期待に応える活躍で加入シーズンのリーグ、国内カップ、国内リーグカップの3冠達成に貢献、翌シーズンにもリーグ、国内カップ連覇に大きく貢献して見せた。00/01シーズンは怪我の影響からシーズンを通して活躍する事は出来なかったが、スコットランドで過ごした3シーズンの活躍は名門アーセナル指揮官ヴェンゲルの目にとまる事となり01/02シーズンよりイングランドへ活躍の場を移すとここでも移籍初年度にリーグ、FAカップの2冠に貢献している。怪我の影響とアシュリー・コールの台頭もあり03/04シーズンよりバルセロナへ活躍の場を移すが、ライカールト政権1年目から主力として活躍し2年目には6シーズン振りとなるリーグ優勝、3年目にはリーグ連覇に加え91/92シーズン以来のチャンピオンズ・リーグ制覇に大きな役割を果たしている。07/08シーズンより古巣フェイエノールトへ移籍、9年振りの母国において名門復活の主役として期待される。

代表では自身がブレイクした95/96シーズン終了から3ケ月後の1996年8月31日ブラジル戦、名将ヒディンクの元でデビューを果たす。1998年W杯ではメンバーに選ばれながら1試合の出場も果たせなかったが2年後の欧州選手権ではレギュラーとして3試合に出場しベスト4進出に貢献した。その後2002年W杯本大会出場を逃す不運を味わうも代表での地位は揺るがず2004年欧州選手権では全5試合にフル出場を果たし、2006年W杯でも3試合に出場し幼き頃からの夢を実現させている。

(07/02/19 Created)(07/11/24 Last updated)
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