Gerald VANENBURG

ジェラルド・ファネンブルグ

ジェラルド・ファネンブルグのフォト
 フルネームジェラルド・メルビン・ファネンブルグ
 国籍オランダ
 生年月日1964年3月5日
 出身地ユトレヒト
 ポジションMF・DF
 身長・体重172cm・70kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1990年ベスト16
所属クラブ
1980-86アヤックス
1986-93PSVアイントフォーフェン
1993-97ジュビロ磐田(日本)
1996-97ユトレヒト
1997-98カンヌ(フランス)
1998-001860ミュンヘン(ドイツ)

小柄ながらテクニックと戦術眼に優れた元オランダ代表ゲームメーカー。80年代から90年代にかけ活躍しフリット、ライカールト、ファンバステン、クーマン等スタープレーヤーと共にオランダの一時代を築いた。またJリーグ発足当時、29才という全盛期に来日し日本サッカーのレベルアップに大きく貢献した1人でもある。

名門アヤックスのユースチームで育ったファネンブルグは16才の若さでトップデビュー、すぐに中心的存在となると通算3度のリーグ優勝に貢献する。86/87シーズンよりライバルチームであるPSVへ移籍するとその輝きは更に増し通算5度のリーグ優勝を始めチャンピオンズ・カップ等のタイトルに重要な役割を果たし選手として大成功を収めた。(1988年トヨタカップでも来日し国立の舞台に立っている。)欧州各国からオファーが届いたのは言うまでもなく、1989年にはセリエAローマへ移籍が実現しそうになりながら、契約上のトラブルから白紙となる不運もあった。これをきっかけにPSVから10年契約を掲示されサインするも1993年、当時日本代表を指揮したオランダ人監督ハンス・オフト氏の勧めでまだJ2にあったジュビロ磐田へ加入、まだ29才と全盛期であっただけに周囲を驚かせた。翌年には他10チームから1年遅れでJリーグに昇格を果たしピッチ上では絶大な存在感と指導力でチームを牽引した。J通算86試合14得点。1995年、十字靱帯損傷で長期離脱を余儀無くされ、その後も出場機会は激減、翌年にオフト監督と共に日本を去る事となった。故郷のユトレヒトで復活を果たしフランス、ドイツと渡り歩いた後99/00シーズンを最後に現役を引退した。オランダリーグ通算372試合128得点、シーズン全試合出場は6シーズン。

代表デビューは1982年4月14日ギリシャ戦。1988年欧州選手権ではレギュラーとして活躍し優勝に貢献して見せた。1982年、86年のワールド杯、オランダ代表は出場を逃したが1990年ワールド杯では出場権獲得に貢献、本大会でも1試合ながら出場を果たした。代表通算42試合1得点。

(03/03/24 Created)
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