Pietro VIERCHOWOD
ピエトロ・ヴィエルコウッド | ||||||||||||||||||||
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セリエA通算562試合、41才まで現役で活躍した鉄人元イタリア代表。ディフェンダーとしての技術と素晴らしい戦術眼を持ち合わせ当時世界屈指のストライカー、ファン・バステンやアルド・セレーナが「最も嫌なストッパー」に名前を挙げる程の実力を誇った。また、ディフェンダ−でありながらセリエA通算38ゴールを記録するなどチャンスメーカーとしても活躍した。(愛称=ツァール(皇帝)) セリエDロマネーゼにてキャリアをスタートさせたピエトロ・ヴィエルコウッドは76/77シーズンに当時セリエBにあったコモへ加入すると79/80シーズンにセリエA昇格に貢献、その後フィオレンティーナ、ローマと渡り歩き1983年にサンプドリアへ移籍する。ここでその才能を発揮、85/86シーズンに国内カップを制しクラブ初のタイトルに貢献、89/90シーズンにはカップウィナーズ・カップ優勝に貢献、更に90/91シーズンにはクラブ祈願のスクデットに貢献しサンプドリアの黄金期を築いた。その後は各クラブを渡り、キャリアの最後となるピアチェンツァ在籍時まで主力として活躍した。セリエA通算562試合出場、後9試合出場可能であったならば、当時ゾフの持っていた570試合出場記録を塗り替える事が出来たのだが・・。引退後はセリエCから再スタートとなった新生フィオレンティーナ、フロレンティア・ヴィオラの監督となるなど、指揮官として活躍中である。 イタリア代表として1981年1月6日オランダ戦にてデビュー。代表メンバーとして挑んだ1982年ワールド杯では出場機会こそなかったが優勝を経験、その後は主力として活躍しその実力は同僚のバレージにも劣らない素晴らしいものであった。代表通算44試合2得点。 (02/10/07 Created)(06/05/22 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||