Berti VOGTS
ベルティ・フォクツ | ||||||||||||||||||
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168cmという小柄な身長であったが、厳しいマンマークと凄まじい闘争心で多くのスタープレーヤーを苦しめた歴代最高のディフェンダーの1人。元西ドイツ代表。1974年W杯決勝オランダ戦にてクライフを完全に押さえ込み「フォクツがいなければ、この優勝はなかった」といわれるほどの功績を残した。 少年時代より地元VfRビュットゲンにてキャリアを積み、1965年に名門ボルシア・メンヘングラッドバッハへ加入する。同年8月14日ボルシア・ノインキルヘン戦にてトップデビューを果たすとすぐに不動の地位を確立させ34試合に出場、このシーズンはリーグ13位に終わるもシーズンを重ねる事に順位を上げ69/70シーズンにはネッツァー等と共にクラブ祈願のリーグ制覇に多大なる貢献をし、翌年にも連覇を達成する。更に74/75シーズンからのリーグ3連覇を始め72/73シーズンのドイツカップ等、クラブ黄金期の牽引者として絶大な存在感を示した。72/73シーズン、UEFAカップ決勝にてリバプ−ルに敗れ、クラブ初の欧州カップは逃したが、このタイトルはその後74/75、78/79シーズンと2度手中にする事になる。しかし76/77シーズンチャンピオンズ・カップにて決勝まで勝ち進み欧州チャンピオンまで後一歩の所で、またもリバプールに敗退、マンマークでその名を知らしめたフォクツであったがリバプールのスター、ケビン・キーガンにだけには相性が悪かったと思われる。 代表デビューは1967年5月3日ユーゴスラビア戦。翌年より地位を確立させ、出場した3度のW杯にも全19試合にフル出場、1974年W杯オランダとの決勝にてクライフを封じ込めたマンマークはあまりにも有名である。1978年ワールド杯6月21日オーストリア戦を最後に代表を引退、翌年には現役を引退したが、その後ドイツUー16代表を率いてヨーロッパ王者となり1990年よりドイツ代表監督に就任、1996年欧州選手権では母国を優勝に導き、指揮官としても有能である事を証明している。2002年3月、スコットランド代表監督に就任、2004年欧州選手権予選ではチームをプレーオフに導き、ホームでの第1戦にてオランダに勝利するもアウェイでの第2戦にて大敗を屈し本大会出場を逃したのは残念であった。 (03/12/28 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||