Pierre WOME
ピエール・ウォメ | ||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||
|
カメルーン代表として60以上のキャップ数を誇り大ベテランの雰囲気さえ漂わせる。アフリカ特有のテクニックを織り交ぜたパワー溢れる突破力に驚異的な跳躍力、さらに底なしのスタミナを備える。 母国リーグにてキャリアをスタートさせた後、1996年弱冠17才でイタリアへ渡り96/97シーズン終盤3月16日カリアリ戦にて欧州デビューを果たす。翌シーズンより下部リーグにて経験を積んだ後、ローマ、ボローニャとセリエA強豪チームを渡り歩き02/03シーズンよりプレミアリーグへ活躍の場を移す。稲本とチームメイトになった事で、日本での知名度は高いものとなったのは言うまでもなく、プレミア残留に貢献して見せたがレギュラーポジションを獲得するまでには至らず03/04シーズンよりスペインへと活躍の場を移した後再びセリエAへ復帰、ブレッシャではチームのセリエB降格を経験するも05/06シーズンより1年契約でビッグクラブであるインテルへの加入しコパ・イタリアのタイトルを獲得した。シーズン終了後、欧州4ケ国目となるドイツ、ブレーメンへ移籍、ここでは断固たる地位を築き好調なチームの要因の1つとなっている。 1995年6月、弱冠16才と3ケ月にて「不屈のライオン」の一員となるとその後は重要な戦力として数多くの試合に出場する。2000年シドニー五輪では金メダルに貢献、通算4度のアフリカ選手権にも出場し2000年、2002年の連覇に大きく貢献している。しかし、2006年ワールド杯アフリカ予選最終エジプト戦において試合終了間際に得た決勝弾となるはずのPKを外し、この結果カメルーンはワールド杯本大会行きを逃す結果となり多くの批判を浴びてしまう。自宅を襲撃される事件まで起きた事で、以降代表試合を拒否、カメルーンにとって今後も重要なキープレーヤーなだけに早期の代表復帰を願うばかりである。 (02/09/17 Created)(07/12/14 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||