Lev YASHIN
レフ・ヤシン | ||||||||||||||||||
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20世紀世界最高のゴールキーパーと称される旧ソ連代表守護神。ペナルティエリア内全域はもちろん、ペナルティエリア外にまで飛び出すプレーは、当時では斬新なものであった。長い両手両足に黒ずくめのユニフォームから「ブラックスパイダー(黒クモ)」と呼ばれゴールキーパーとして唯一バロンド−ルを受賞した選手でもある。 13才の頃働き始めた地元工場の少年クラブにてサッカーを始めたレフ・ヤシンは、その後名門ディナモ・モスクワへ入団、1950年にプロデビューを飾ったが当時チームにはコミッチという守護神が存在したため、姉妹チームのアイスホッケーゴールキーパーとしてプレーした。1953年にコミッチの負傷からチャンスを掴み、以後長期に渡ってディナモ・モスクワの守護神、更にはソ連代表守護神として活躍する事となる。 国内リーグ優勝5回、カップ戦優勝3回等クラブレベルで数々のタイトルを手に入れ、代表では1954年9月8日スウェーデン戦でのデビュー以来79試合に出場した。自身初の国際大舞台となった1956年メルボルン五輪ではソ連の金メダルに大きく貢献すると1960年欧州選手権でもソ連の優勝に貢献、ワールド杯では3大会連続して不動の守護神として君臨し好成績に貢献し、1970年大会でも40才にありながらサブとしてメンバーに選出されている。 1971年5月27日の引退試合には10万人以上の人々が訪れその引退を惜しんだ。その後血栓性静脈炎により足を切断するという悲劇に見舞われるも、1988年のソウル五輪にはソ連のサッカーチーム団長として参加、自身2つ目の金メダルを獲得、その2年後の3月、60歳で早すぎる死を迎えた。 (01/03/15 Created)(02/08/13 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||