Javier ZANETTI
ハビエル・サネッティ | ||||||||||||||||||
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素晴らしい戦術眼とテクニックを兼ね備え、右サイドの支配力、存在感共に抜群、ファウルを犯さずして華麗な守備を見せれば絶妙なタイミングでオーバーラップし攻撃に参加する様は「世界最高の右サイドバック」の1人と言うに相応しい。またMFとしても左右中央に至るまでのポジションを高いレベルでプレー出来るユーティリティ性も持ち合わせる。 兄であるセルジオの影響でサッカーを始めたハビエル・サネッティは、13才の時インディペンディエンテの少年クラブに加入する。1992年より地元2部クラブのタジェレスでプレー、そこでの活躍がバンフィールドスカウトの目にとまり1993年、同チームに加入、その年の9月12日リバープレート戦にて1部リーグデビューを果たす。ここで2年間過ごし通算66試合4ゴールを記録を残して1995年よりセリエA名門インテルへ引き抜かれ以後現在に至まで不動の右サイドバックとして君臨、97/98シーズンUEFAカップ、04/05、05/06シーズンのコパ・イタリアのタイトルに貢献する。01/02、02/03シーズンと後一歩の所で逃していたスクデットも05/06、06/07シーズンに獲得している。 代表としては1994年のワールド杯後、その年の11月16日チリ戦で代表デビュー、以後、主力として活躍し1996年アトランタ五輪では準優勝に大きく貢献、1998年W杯イングランド戦では相手の裏をかくセットプレーから左足で豪快かつ見事な得点も決めベスト8進出の原動力となった。2002年ワールド杯では残念ながら最悪の結果に終わったが2005年6月コンフェデ杯メキシコ戦ではアルゼンチン代表としてはシメオネについで2人目となる代表100キャップを刻む。 その後、若手中心のチーム作りを推進するペケルマン監督の政策によって2006年ワールド杯メンバーからは屈辱の代表漏れを経験したが、クラブでの充実振りが認められ2007年2月7日フランス戦にて代表メンバーに返り咲き、2007年11月17日W杯南米予選となったボリビア戦においてロベルト・アジャラの記録を塗り替える代表通算116キャップを刻み歴史に名を残す事となった。 (01/12/07 Created)(07/11/24 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||