Dino ZOFF
ディノ・ゾフ | ||||||||||||||||||
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派手さはなくとも常に安定したセービングと抜群のポジショニング、冷静な判断力でチームメイトからも絶大な信頼を得ていたイタリア史上最高のゴールキーパーがディノ・ゾフである。 4才でボールを蹴り始めた頃からゴールキーパーのポジションに身を置き14才の時にインテル、ユベントスの入団テストを受けるが、当時ゾフの身長が149cmだった事で落選、故郷のクラブ、マリアネーゼにてプレーした後19才でウディネーゼとプロ契約を果たす。この頃には身長も182cmに伸び、1961年9月24日フィオレンティーナ戦にてセリエAデビュー、5失点と不運なデビュー戦であったが、その後経験を積む事で着実に成長しナポリに加入する頃にはイタリア屈指と言われるまでになっていた。1972年、ユベントスに引き抜かれるが、30才という年齢から周囲からは批判の声も上がる。しかし、その能力は衰える事を知らず、引退する1983年41才まで不動の守護神として安定したプレーを見せ、6度のスクデッド、2度のコパ・イタリア、1度のUEFAカップのタイトルに大きく貢献する。 1968年4月20日、欧州ネーションズ・カップ(現欧州選手権)準々決勝ブルガリア戦にて代表デビューを果たし同大会準決勝、決勝でも守護神としてプレー、早くも欧州チャンピオンのメンバーとして名を列ねる。その後1970年W杯ではアルベルトシにポジションを奪われるが1971年以降は不動の守護神として君臨、引退間近の1982年W杯ではキャプテンとして1938年大会以来の栄冠を手中にし、ゾフの両手にワールドカップは高々と掲げられた。 セリエA64/65シーズンから213試合に連続出場(途中セリエBを含めると251試合)、1972年に骨折のため記録はストップしたが7試合休んだ後ピッチに復帰、引退する1983年まで連続332試合に出場した記録を持つ。更にセリエAでは903分間無失点を記録、代表ではなんと1143分間無失点という驚異的な記録を持つ。また、代表通算112試合出場は2000年11月にマルディーニに抜かれるまでの代表出場最多記録であった。 引退後はユベントスのGKコーチ、イタリアのオリンピック代表監督、1988年にはユベントスの監督となる。ユベントスの監督としてコッパイタリア、UEFAカップ優勝、という記録を収めるが1年で解雇、次にラツィオの監督として4シーズンを過ごすと会長にまで上り詰める。2000年欧州選手権ではフル代表監督をつとめイタリアを準優勝に導きその後再びラツィオの監督となって手腕を振るった。 (01/03/15 Created)(03/02/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||